「心の距離」の心理学 ~愛着関係と親子の分離について~

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  • #榊原久直

1.親を縛る言説

 子どもが小さいうちは親が傍にいるべきだという「3歳児神話」という考え方が,保護者や支援者の心をかき乱すことが少なくありません。実際に愛着関係をめぐる研究の知見から,親と子の距離感についてを考えたいと思います。

2.親は子どもと一緒に居るべき?

 子育てにおいて,私たち大人はいつでも子どもの傍に居てあげるということはできません。大人の側に仕事や家事やその他の用事がある時,子どもの側に通学や通園,通所といった都合がある時,私たちは日々,「いってきます」と「ただいま」の関係性を繰り返しています。けれども,保護者や支援者も含めて多くの人は素朴な感覚として,大人は子どもとできるだけ長く一緒に過ごしてあげるべきなのだ…というイメージを持っており,子どもが家庭以外の場所で過ごすことについて苦悩したことがあったり,もっと子どもとの時間を多く持ってあげるべきなのではないかと思案したという経験をお持ちの方も少なくないのではないでしょうか。他方で,子どものため,家族のため,そして自分自身のためにも,子どもから離れて仕事をするということは,大人にとって必要な営みであるともいえます。では,こうした家庭と仕事をめぐる親子関係の苦悩について,心理学的にはどのように考えられているのでしょうか。

3.保育園の利用と愛着関係をめぐる研究から

 ある有名な心理学の調査の中で,赤ちゃんを早期から保育園に預けている親子と,専業主婦としてずっと一緒に過ごしている親子とで,愛着関係(安心感・安全感のある特別な二者関係)にどのような影響があるのかを調べたものがあるのですが,その結果は,意外かもしれませんが,物理的に一緒にいる時間の長い専業主婦の親子よりも,共働きで子どもを保育園に預けている親子の方が愛着関係が良好であったということが示されています。子どもの近くで思い悩み続ける日々が,かえって親子の双方を追い込んでしまい,心理的な距離を生んでしまうこともあるようです。他方で,仕事などで物理的に距離をとることができることで,大人側の心にメリハリがつき,物理的に一緒に居られる時に,子どもに寄り添う心の余裕が生まれるのだそうです。また,離れていた時でさえ,寂しくないかな…,今日はどんなことを頑張っているのかな…と思いをはせ,時にそれを再開した後で話し合う関係性は,心理的に近い間柄だといえます。

4.親子関係に大切なこと

 大切なことは“一緒にいること(量)”ではなく“どう一緒にいるか(質)”であり,物理的に(実際に)傍に居る長さではなく,心理的に(心の中で)共に居ることができているかどうかという“心理的な近さ”なのかもしれません。

関連資料や補足事項
この知見は愛着研究をめぐるほんの一部を紹介しており,保育所等の保育者と子どもが愛着関係を築くことがもたらす親子へのプラスの影響であったり,他児と社会的な交流の機会を得ることのプラスの影響など,様々な良い影響があることが明らかになっています。 その一方で,保育所等の保育や保育環境の質によっては必ずしもこうした良い影響が得られないことも明らかになっているため,大雑把にまとめて,親は子どもをどこかに預けるべきというわけではありません。ただこうした知見が,様々な事情を抱えながら,子どものためにも物理的に離れなければならない親子を温かく支えるための一助となるよう,保護者も支援者も知っていていただけたらと思います。

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この記事を書いた人

榊原久直

京都教育大学総合教育臨床センター講師(学びサポート室担当)、臨床心理士・公認心理師

関係性の中で子どもは育つという関係発達の視点から、子どもや保護者、支援者を支援する実践と研究を行う2児の父親。